高齢者が自分らしく生きるサポート
M. M.
約2年前から在宅医療を主とするクリニックで働いています(非常勤)。在宅医療では病気やけがなどで通院困難の病者、自宅での終末医療を望む病者や、老健施設の入所病者も対象で、殆どが70~80才を越える高齢者です。
老健施設で数十人の健康管理を担当した時期がありました。身体運動の乏しさを背景に、食事、トイレ、屋内移動など殆どすべてに亘ったサポートが必要でした。目立った「生活の困りごと」は、消化管の機能低下による頑固な便秘でした。従来の①緩下剤(酸化マグネシウム:以下「カマグ」)内服から始まり、②他の下剤の適宜追加、更に③日々の直接的な排便介助(浣腸、摘便など)が必要でした。③は自宅でも施設でも介護者の大きな労務負担ですが、本人にとって個人の尊厳にかかわる、精神的に大きな負担と推察しました。
ある日曜日、「神の御言葉を聞いて実践する」と題した話を聞きました。そこでは「御言葉を行う人になりなさい」と言われていました。在宅医療従事者として、困りごと対応の具体化にあたり、どのようなサポートが、御言葉に沿う行いになるのか?を考える日々がありました。「食べる~排せつ」を通じた「生活の困りごと」に対する改善策を見つけることは、疾病に対する専門治療とは異なる次元で、家族や施設の介護負担を軽減し、且つ個人の尊厳を保つサポートになると考えています。
カマグの単なる増量(最大用量は2g/日)は避けたいと考え、他の薬との相互作用に注目しました。多くの方が脳や心血管の病気に対する血栓予防薬・アスピリンを内服し、当然のように胃粘膜保護のために制酸剤(以下「PPI」)も内服していました。このPPIがカマグの効果を著しく阻害することは、医療者を含め、あまり周知されておらず、漫然とした両者の併用が少なくありません。
カマグはわが国で100年を超える処方歴があります。副作用の不安が少なく、有効な下剤として広く使われてきました。しかし、PPIは胃潰瘍や胸焼けに対する治療効果が顕著で、広く使われるようになった今日では、従来のカマグの効果が減じています。カマグの緩下剤としての効果発揮には胃での塩酸との反応(塩化マグネシウムになる)が必須です。この塩化マグネシウムが、腸管内で重炭酸と反応し、(A)炭酸水素マグネシウムと(B)炭酸マグネシウムになります。この(A)、(B)の浸透圧効果(水分を保持する)が便を軟化し、排せつを容易にします。ところが、PPIは胃での塩酸産生抑止により、カマグと塩酸との反応を阻害し、緩下効果を減じます。PPI服用下でカマグによる治療を漫然と続けると、用量増加、他の下剤の適宜追加、さらには介護・看護者による直接的な排便介助に進んでしまいます。
PPI服用に影響されずに、排便を促す内服薬(作用機序はカマグと全く異なる)が開発されています(エロビキシバット:胆汁酸再吸収阻害、リナクロチド:腸管での水分吸収阻害など)。最近の研究会で以下の注意点が指摘されていました。摂取した食物塊の移動・排便といったタイミングがカマグや従来の下剤とは異なるため、本人にとって排便のタイミングが分かりにくいことです。薬を服用するタイミングは、胃や腸の運動の不活発な夜間帯を避けることや、外出などの日常生活活動のスケジュールに合わせて調整する、などの工夫により、この問題をある程度解決できます。このような種々の困りごとへの手助けを見出すことが、高齢者が自分らしく生きるサポートになること、介護現場に臨む医療者として御言葉に沿った行いになれば、と願っています。