ボストンから塚口へ

                    K.M.
   
201511月末、夫のアメリカ駐在に少し遅れて渡米し、はや4ヶ月、木枯らしが吹く季節になっていた。
私は、二つの大きな悩みを抱えていた。
 悩みの一つは、アメリカの自動車免許取得。国際免許があるので、既に現地で車を運転していた。しかし、住人になったら速やかに米国の自動車免許を取らなければいけない。9月半ばに試験を受けたが、1回目不合格。慣れない左ハンドル右側通行で、縦列駐車がまともにできない。縁石ギリギリに車を停められない。おまけに助手席に乗り込む試験官は、現職の警察官。緊張しないわけがない。10月もダメで、粉雪がちらつき出した11月も無情な結果だった。ボストンのような狭い都市では、縦列駐車ができなかったら車を駐めることさえできないのだ。
 そして、次の試験のことを考えると気が重くなるのに、もう一つ大きな問題が持ち上がった。通い始めた語学学校が、倒産したのだ。前年の記録的な寒波によって生徒が集まらず、危機的状況だったらしい。倒産の前の週に、特別割引期間だからとチケットの追加購入を勧められた。断ったのが不幸中の幸。だが、知り合いもほとんどいないボストンで、平日どうしたらいいものかとため息ばかりだった。
 このことを日曜日に通っていたボストン日本語キリスト教会のメンバーに話したら、平日にパークストリートチャーチで開かれているESL(English as a Second Language)のクラスがあると教えてくれた。
 パークストリートチャーチは、19世紀初頭に建設され、米国で初めて奴隷制度反対演説を行った教会で、ボストンコモンそばの白い尖塔がある建物だった。
 ESLのクラス分けがあり、英語を母国語としない様々な国から来ている人たち、学生、駐在員の奥さん、研究者など様々な立場の生徒に出会った。教師陣は、リタイア後、ボランティアで英語クラスを運営している教会の信徒だった。授業だけでなく、ピルグリムファーザーゆかりのプリマスへの小旅行を企画してくれたり、自宅に招いてくださった先生方もいて、思い出は尽きない。
 ESLだけでなく、平日のバイブルクラスにも誘われた。バイブルクラスの向かいの部屋は調理室になっていて、いつも焼き菓子やケーキの甘い香りが漂っていた。シニアクラス、アメリカのおばあちゃんたちの集まりだった。皆さん、白髪に花柄などのカラフルな服装で、楽しげな雰囲気だった。
 クリスマスも近くなって、そのおばあ様たちが、廊下のテーブルに、箱を用意してくれた。『好きなものを一つとカードを取ってください』
バイブルクラスに通う生徒のほとんどが、クリスマスに母国へ帰れないことを気遣って、クリスマスプレゼントを用意してくれたのだ。
私は、クリスマスの絵柄が描かれたマグカップをいただいた。それが2016年のクリスマスの思い出。翌年は、フェルトのクリスマスブーツとクリスマスカードをいただいた。
 20184月、私たちは日本に戻った。夫の仕事で、尼崎に住むようになり、私は塚口の土地がとても気に入った。そして、私たちは塚口教会へ導かれた。

 さまざまなことがありましたが、私たちは全て主に守られ、良き方向へといつも導いていただいて心から感謝を捧げます。

『人の道は主の目の正面にある。主はその道のりのすべ
てに気を配っておられる。      箴言5-21